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びわと紫玉ねぎのサラダと紫色の歴史

びわと紫玉ねぎのサラダ

絵画教室の生徒さんにびわの実をたくさんいただきました。
このびわはご自宅の庭でできたそうです。

びわ

びわは主張の強い果物というより、程よい甘さで主張しすぎない果物ですよね。
今回はこの甘さを活かしたサラダを作ってみました。

✅ いつもの絵画紹介のコーナーでは、紫玉ねぎにちなんで「紫色」について書いてみます。

びわと紫玉ねぎのサラダの材料

■ びわ 200g
■ 紫玉ねぎ 半玉 (約250g)
■ 生ハム 100g

■ オリーブオイル 大さじ2杯
■ 塩 適量
■ コショウ 少々

びわと紫玉ねぎのサラダの作り方

びわ

びわは皮をむき種とヘタをとります。

紫玉ねぎ

紫玉ねぎはスライスして水にさらしておきます。

生ハム

生ハムは食べやすい大きさにちぎります。

びわと紫玉ねぎのサラダ

紫玉ねぎは水気を切ってよく絞り、びわと生ハムを合わせます。

材料を合わせたら、オリーブオイル、塩、コショウを入れてよく混ぜます。
生ハムによって塩加減は調整してください。

お皿に盛り付けて、緑の葉を飾れば出来上がりです。
今回は自宅で栽培しているレモンバームの葉をのせました。

びわと紫玉ねぎのサラダ

う~~~ん!
これもまたスパークリングワインにピッタリです!

紫色について

ここでいつもなら絵画作品の紹介ですが、今回は紫玉ねぎにちなんで「紫色」の歴史について紹介します。

緋色(パープル)

数ある紫の中でも緋色だけが、3000年以上以上もの長きにわたって大変もてはやされてきました。

緋色とは、海に住むムーレックスという貝とプルプラ貝が分泌する色素染料のことです。

わずか1グラムほどの色素を集めるには、12,000という途方もない数の貝が必要となります。
紀元前2000年後半頃の工房跡付近から、割った貝殻でできた小高い丘が見つかっています。

ムーレックスを使って染色するためには、大変な工程を踏まなくてはなりません。
海に潜って採った貝を割り、中身を取り出します。
それをしばらく水に漬けた後、ごく小さな線から汁を抽出するのです。
これだけでも大変な作業です。

その汁を光に晒すと、劇的な変化をとげます。

最初は白っぽい色から、黄緑、緑、そして紫へと変化するのです。
最後は濃い赤になるので、光に晒す時間の調節には的確さが求められました。

望みの色が得られたら、生成りの素材に染色します。
いったん染めてしまえば、変色することもありませんし、色合いも実にみごとです。

こうして染められた織物の評価は高く、当初から王、貴族、聖職者だけが身につける衣服の色とされ、都市国家スパルタを除く地中海沿岸全ての文明で、社会的名誉を表す色でした。

スパルタの工房では、植物系の染料が使われていたようです。

9世紀になると緋色の化学構造が発見されます。
(染色方法が解明されるのは20世紀に入ってからのことです)

以後、緋色という言葉は粗末な生地を表すようになり、皇帝の色としての緋色は忘れ去られていきます。

紋章学で「パーピュア」は灰色がかった黒、稀にしか使われない色を指し、再び緋色が紫を指すのは15世紀になってからのことです。

この時代、教皇パウロ2世は、枢機卿に緋色を纏うように布告します。
しかし、この頃の紫は、コチニールカイガラムシやタマカイガラムシから作られるようになり、よりオレンジがかった色になりました。
現在でも緋色は、カトリック教会において品位を保たれているようです。

ムーレックス以外の染料で染められた紫の布

緋色は忘れられていきましたが、中世ヨーロッパから紫色がなくなったわけではありません。

紫色に染める最も簡単な方法は、赤と青を混ぜることでした。
赤はタマカイガラムシやアカネ、青は大青(たいせい)です。
大青はアブラナ科の植物で、葉から藍色の染料が作られていました。

この方法はすでにエジプト王朝時代に行われていましたが、中世ヨーロッパのキリスト教社会では、混色は悪魔的な行為として捉えられ禁じられてたのです。

そのため、紫色はタマカイガラムシやアカネを使って染め、媒染をおこなっていました。
中世の紫が赤に近いのはこのためです。
ちなみに、媒染というのは、繊維を先にアルミニウム塩、鉄塩、タンニン剤などの液を染み込ませ、これを介して染料と結合させる染色方法のことです

家庭では、キイチゴやその他の赤い果実、地衣類(リトマスゴケ)を使って染めていました。
リトマスゴケはアンモニアとともに染色する必要があったため、おもに男性の尿が使われました。
女性の尿は不吉と記された調合法もあったからです。

これらの方法で紫がかった美しい赤が得られましたが、耐久性はあまりよくなかったようです。

19世紀に入り、リトマスゴケを使った染色は盛んになります。
固形染料(フレンチパープル)の調整方法が発見され、商品化しやすくなったためです。

フレンチパープルの発見後、ほどなくして最初の合成染料「モーブ」が開発されます。

リトマスゴケも使われ続けていましたが、毒性が認められ1977年に使用中止となっています。

紫一つ取り上げても、奥が深くて驚きですね。

最後に

玉ねぎは血液サラサラ成分の硫化アリルを残す場合、水にさらさない方がいいですけど、今回は味重視なのでそんなことは気にせず作りました。

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